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Professional Dialogue登場人物

本田技研工業株式会社

日本営業本部
営業開発室 マーケティング戦略ブロック
主幹

渡辺 春樹

本田技研工業株式会社

日本営業本部
営業開発室 マーケティング戦略ブロック
主任

谷口 慎介

株式会社マーズフラッグ

代表取締役社長

武井 信也

ホンダ渡辺・谷口氏×マーズフラッグ武井信也対談

「誰もが集まる楽しい広場」を実現することがサイトコンセプト
<武井>車メーカーのオフィシャルサイトを語るとき、常に先端を走るのがHonda様であり、その運営の中心に立つのが渡辺様であることを知る方は多いです。まずは現在の形を築き上げられた経緯を教えていただけますか?
<渡辺> 1996年に私がプロジェクトリーダーとなって、オフィシャルサイト開設の指揮を執りました。当時、30歳代の若手が5人ほど集まって「これからはWebの時代だ」と役員に直訴し、その了解を得てプロジェクトが発足したのです。これが1995年の暮れのことでした。
<武井>1995年といえばWindows95が生まれた年ですし、インターネットを利用するブラウザとしてNetscape Navigatorがナンバー1ブラウザの地位を確立したころですね。
<渡辺>その以前にもパソコン通信はありましたが、これはネットワーク活用の主流にはならないと思っていました。しかし、Netscape Navigatorがネットワークを親しみやすくしたことで新しい時代が見えましたから、Webをツールとしてうまく活用し、本田技研のビジネスをもっとよくしたいと考えたわけです。
<武井>私はそのころからWeb制作に携わっていましたが、IT企業やアーティストの仕事が圧倒的に多かったです。大手メーカに営業をかけても、「じゃあ、作る?」といわれたことはまだあまりなかったと記憶しています。御社が早い段階でオフィシャルサイトの開設に踏み切ったのには理由があったのでしょうか?
<渡辺>別に早くはなかったですよ。当時、車メーカーでオフィシャルサイトを持っていなかったのは当社とS社さんくらいでした。一番進んでいたのはN社さんでShockwaveを使った先進的なイメージを打ち出していましたね。 そのN社さんの少し後ろがT社さんで、さらにその後ろが当社でした。
<武井>そのような背景の中で、Honda様はどのようなオフィシャルサイト像を目標とされたのでしょうか?
<谷口>一つには他社の悪い点を自分たちのサイト作りには取り込まないといった部分ですね。これは後発ならではの強みでした。
<渡辺>もう一つは「オフィシャルサイトは誰もが集まる自由闊達な楽しい空間であるべき」という思想の追求です。当時は社長の言葉にしたがってキチンとしたデザインのサイトを作るというのが当たり前でした。しかし、当社は多少汚くてもいいから、何か元気な、和気あいあいとしたサイトを作りかったのです。
<武井>その文化・考え方は今もしっかりと残っていますよね?
<谷口>もともとの本田技研の社風がそうだから、という点は大きいですね。
<渡辺>だから基本的なコンセプトは10年前から一切変わっていません。訪問される方々にはヨーロッパの素敵な街よりも、アジアのにぎやかな市場のようなイメージを持っていただきたいと考えています(笑)